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Piano 2024

 ピアノ曲集の第四作目。過去作の"Piano2017"、"Piano2018"、"Piano2019" はそれぞれ24曲のピアノ曲が収められたアルバムだが、クオリティに満足がいかずにお蔵入りとなっている。アルバム3枚に含まれる合計の曲数は72曲。今作の"Piano2024"を含めて100曲になればと思い、28曲入りのアルバムとした。2017年から続けてきたピアノのための作曲は、これが一つの区切りとなる。

 小さな花のようにささやかで美しく、あるいは傍らで寄り添うようなピアノ小品を書きたいと願いながら、あるフレーズが出来上がっても満足することなく、それを何回も弾き直し、修正し、または破棄し、新しい可能性を模索した。自分の求める響きと巡り会えたことによる一瞬の喜び。そのおかげで、自分にとってのかけがえのないピアノのための音楽を生み出せた。以前のピアノアルバムと異なり、全ての作品に標題がつけられている。

 

Choral

 アルバム全体の前奏曲のような音楽。コラールといってもJ.S.Bachのような様式ではなく、頻繁な和音変化というコラールの基本的書法を根底に置き、和音が推移していく中で、和音の最も上の音が旋律を歌いながら作曲されている。私自身の和声感がダイレクトに出ている作品でもあり、自画像のような曲と言えるかもしれない。

 

Dancing Petals

 珍しく、ふとした瞬間に浮かんできた旋律があり、それを磨きながら作曲した作品。主題旋律を中心としながら、様々な表情の場面で構成されている。旋律と伴奏が花びらのように舞う、色鮮やかな春の音楽。

 

Pandemic

 2020年に作曲。明度の不安定な和声の上に漂う虚ろな単旋律、という形の音楽。作曲当時の重く先の見えない世界と呼応するような響きとなった。当初、このアルバムは"Piano 2020"として構想されており、"Pandemic"はその一曲目に置く予定であった。

 

Awakening

 2023年の春、新宿御苑を散策した。美しい光の中、花々が咲き誇り、人々が喜びに満ちていた。生命の輝きが感じられ、私には眩しくさえ思えた。その時の心を静かに歌い上げている。

Hallucination

 幻覚に伴う音の色彩感覚はどんなものだろう。通常は聴こえない響きの色彩を耳にすることができるのかもしれない。そのような危うい領域を夢想した音楽。様々な色彩が感じられるというよりは、ある一定の色彩が基調となっている気がするが、それは聴き手次第。

Drunk

 真面目な曲ばかりではなく不真面目な曲も書いてみようと思い、作ってみたらこうなった、という曲。ただ実際、全曲は明確な構成を取り、旋律素材によって統一され、かなり手堅く作曲されている。曲の最後に提示される単音のふらふらとした旋律が、不真面目感が出ている唯一の場所かもしれない。(これも主題旋律の変形ではあるけど…。)

 

Heartbeat

 旋律はなく、リズムは一定、和音の響きの推移だけで書かれた音楽。和音は様々な色彩で時間を紡いでいく。顔が見えにくい曲ではあるが、強い持続力と一貫性があり、気に入っている。

 

Sunshine

 夏の陽光のように、静かだが豊かなエネルギーに満ちた音楽を書きたいと思った。上行する音が主題となっており、静かに下降する音の流れが主題となっている"Breeze"と対照的。

 

Breeze

 初秋の微かな冷たさが入り混じった、冬に向かう空気感。そのような世界がイメージされている。静かに下降する音の流れが主題となっており、上行する音を主題とする"Sunshine"と対照的。

 

Spring Flow

 簡素な旋律が広い呼吸感の中で歌われる小品。"Autumn Flow"と冒頭の始まり方が同じだが、その後の展開に変化がある。春へのささやかな賛歌。

 

Waltz

 音楽理論の学習を経て、初めて作曲をしたのがワルツであった。仕上がりはもちろん習作レベル。この作品の中間部では、当時の私には思いもよらない和音が使われているが、少しは進歩したのだろうか。もうあれから20年以上も経つ。

 

Autumn Flow

 "Spring Flow"と冒頭の始まり方が同じ関連作。冒頭以降の展開は異なる。秋へのささやかな賛歌。響きには、"Spring Flow"よりもやや冷たさが感じられるのではないか。

 

Butterfly

 おおよそ、前奏、第1部、間奏、第2部、後奏、という構成。春の陽光のような明るい響きの中で、蝶のように揺れるような動きの音素材が全曲を統一している。後奏直前の細かい音形による主題変奏のフレーズは、特に気に入った響きとなった。

 

Faint Light

 アルバムの14曲目、前半最後の曲となる。アルバム最後の"Crystals"と世界観が似ているかもしれない。下降する3音の素材に和音が伴い、繰り返される。その響きは微かな光のように明滅する。

 

Blue

 誰にも知られていない湖の底のような音楽を書きたいと思った。中低音域を中心としながら、密集した和音の響きが歌を伴い、ゆっくりと深く、水底を泳ぐように提示される。

 

Dancing Snow

 一定のリズムと下降する2音の響きが繰り返される。アイデアがDebussyの前奏曲集第1集に収められている"雪の上の足跡"と似ているかもしれない。舞いながら降り積もる雪。その光景をただ静かに描いた、凍てつく冬の音楽。

 

Gloaming Sky

 黄昏から日没までの狭間の時間。空の光彩がゆっくりと変化し、やがて闇に溶けていく。そのような音楽。和音の不規則な変化、無限旋律、その両者の混合による響き。アルバムでは最も気に入っている曲の一つ。

 

Gloaming Sky - Static

 "Gloaming Sky"のもう一つの姿。速度を遅くすることに加えて伴奏を簡略化し、静止的な性格を強め、響きの残り香を聴くような形とした。

 

Tiny Flower - Bloom

 上行する音のまとまりが和音を変えながら反復される簡単な音楽。小さく豊かな音楽、というものを目指しながら作曲した。小さいながらも響きは明るさと生命力に満ちている、陽の音楽。

 

Tiny Flower - Wither

 "Tiny Flower - Bloom"と表裏一体の音楽。下降する音の流れが中心となっている。中間部で上行しようとするが、最後には下降するエネルギーが主体となる。朽ちていくような響きが全体のトーンとなっている、陰の音楽。

 

Love Song

 声楽的に朗々と歌い上げる曲で、私にとっては珍しいタイプの作品かもしれない。飾らない素直さで情感に溢れた、音楽らしい音楽となった。主題旋律は気に入っているが、Mozartのピアノソナタ第10番の冒頭に似ている、らしい。

 

Lost Love

 "Love Song"の旋律のリズムを簡略化し、その一音一音に和音を付けた。"Love Song"の影となる音楽。悲しみや寂しさの残照が入り混じった光が漂うような空気感。

 

For C.

 力や穏やかさに満ちた旋律が特徴。基本的には同じ形の旋律を変化させながら繰り返している音楽となっている。素朴な曲想である分、旋律に細かく和音を付けて響きの変化と動きに配慮し、バランスを取っている。

 

For H.

 基本的に同じ形の旋律の変化と繰り返しで作曲されている点は"For C."と同じ。主題部分を中心としながら、やや対比的な部分が織り込まれる形で構成されている。優しさに満ちた曲想の音楽で、その最後には和音の趣を変える。

 

Cherry Blossoms in the Twilight

 音画的、という言葉はあまり好まないが、春の黄昏の中、桜が散る様子を想いながら旋律を書いた。複数の部分からなり、場面ごとの性格は大きく異なる。構成面に加えてピアノの音域が広く使われており、アルバムの中では最もドラマティックな作品。

 

Innocence

 純真無垢な音楽、というものに憧れる時がある。"Innocence" はそのような望みを抱きながら作曲した。中高音域を中心とし、澄んだ響きに満たされた、白色の音楽。

 

Five Petals - In Memory of Ryuichi Sakamoto

 私が作曲を志すきっかけとなった音楽家、坂本龍一を追悼した曲。桜のころ、2023年3月28日が彼の命日。標題の日本語訳は "5つの花びら"。桜の花を示している。これにちなみ、5という数字が作品に浸透しており、フレーズや和音が5つの音で構成されている。悲しみを歌い上げるのではなく、静かに散る音の花が去り行く人や時を包むような音楽。

 

Crystals

 同音反復とそれを支える和音を中心として作曲されている。静けさに満ちた時空の中で、無色透明な響きが音の結晶のように微かに明滅する。無心になり、ただその響きと向き合うだけでいい。

 

木村 真人 / Masato Kimura

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